クマの異常出没についてつらつらと

さてさて。
ちょっとジオじゃない話だし,FOSS4Gが盛り上がっているときになんだって気もするけど,ここ数日というか数週間ほど気になっていたので,自分なりの見解をまとめてみたい。

今年はクマの異常出没が問題になっています。前回の異常出没があった2006年に比べると捕殺数で見る限りその数は半分ぐらいになっていますが,それでも平年の倍ぐらいです。(環境省速報値・pdf*1
その原因については色々な説が取り上げられています。これについてはWWFのサイトが詳しい解説をされていますが*2,短期的にはブナ等の餌になる堅果類が凶作だったからだといわれています。最もこれについても,山の実りがあろうが無かろうが、クマたちは毎年たくさんお出ましになるのという指摘もありますし,jeconetのMLでも地域によってはそうでもないという話もでいますが・・・。

さておき,異常出没の根源的原因として「本来の生息地である奥山が荒れている」ということが語られ,「だから奥山の生息環境を整備すれば,クマは里に出てこなくなる」という主張があります。そして,緊急避難的に餌になる堅果類やカキ等を山にまいている方もいる。

で,この二つの意見に疑問を呈してみます。

  • 本当に奥山は荒れているのか?
  • 奥山を整備すれば里に出てこないのか?

まず,「奥山が荒れている」かどうか。一般に奥山が荒れた原因として拡大造林によるスギ,ヒノキの植林が真っ先に上げられます。地域によっては,カラマツも含まれるかもしれません。しかし,スギ・ヒノキの拡大造林っていつの話ですか? 参考までに環境省がまとめた生物多様性総合評価を見ると,植林が増えたのは人工林が急激に増えたのは1960年代(もしくはそれ以前)から,1970または1980年代にかけてです(総合評価,28,29p)。
そう考えると,近年の出没の原因と呼ばれる「奥山の荒廃」と「拡大造林」には,時間的にギャップがありすぎます。
ちなみに,さらに長期的に見るならば,西川先生編のアトラス千葉徳爾先生のはげ山の研究,ちょっと地域は違うけど関東地方の迅速測図等を見れば分かるように,日本の森林は思っているほど沢山あったわけじゃない,というのが色々なところで指摘されています。
最もこれらはいわゆる「里山」といわれる地域に灌木地,草地が多かったということかもしれませんが,例えば兵庫県の例を研究した横山さんは,「1980年代以降はこれらの荒地や草地は、コナラ林などの広葉樹林に変化しており、ツキノワグマの生息適地としての質が向上していることが示唆された」と指摘されています。

一方で,「異常出没が相次ぐようになった近年になって奥山が荒れた」という報告は見たことがありませんし,「20〜30年前の拡大造林が現在の異常出没に結びつくメカニズム」というのを説明しているのを聞いたこともありません。

本当に奥山が荒れて,その結果,クマが出没しているのでしょうか?
確かに,私の挙げた例も限定的であり,奥山が荒れていないという事を証明するには十分ではありません。一方で,今現在,クマ類の生息環境として,奥山が劣化しているという具体的な論拠も,聞いたことがありません。
易々と奥山が荒れていることを異常出没の根本的原因とするには,違和感を感じます


次に,「奥山を整備すれば里に出てこない」のでしょうか。言い換えれば,仮に奥山が荒れているとした場合,クマ類の生息環境を改善すれば本当に里に出てこなくなるのでしょうか?
短期的には,その様に思えるかもしれません。確かに堅果類の豊凶と異常出没がリンクしているようにも見えるので,十分な餌資源があれば,わざわざ里に出てくることも無いようにも思えます。

では,十分な餌資源がある状態というのはどういう状態でしょうか。言い換えれば栄養状態がいいという事です。ここで,野生生物(人間でもそうですが)の繁殖を一番制限するのは個体の栄養状態であって,すなわち栄養状態が改善するという事は,数が増えるということです。一部には「高貴な野蛮人」的幻想があって,野生生物は必要最低限しか食べないとか,無秩序に増えないとか思っている人もいるかもしれませんが,そんなことはありません。野生だからこそ,状況が良ければ出来るだけ増えるし,逆に状況が悪くなればあっという間に減ります。

つまり,奥山の環境が良くなってもそれにあわせてクマ類は増えます。ですので,奥山の環境の如何によらず,一定の生息密度になれば里に出てくるのは避けがたいと考えられます。奥山の環境を整備しても,異常出没は無くなりません。ただし,こうなればクマ類の絶滅の可能性は低くなると考えられますが。
これは,異常出没という問題の解決と,クマ類絶滅回避や保護を混合している主張だと思います。実際には保護と「異常出没」という問題の解決とは関係が無いのでは無いでしょうか。実際,天然記念物指定されたニホンザルカモシカで,保護をしたけど結局里に出てきたということは,現実に起こっています。下北半島の天然記念物指定されたニホンザルの例がそうでしょう。
極論として,野生生物の生息域から人間が撤退するという選択肢もありますが,そうしたところで一時凌ぎなのは,神戸のイノシシの話しからも分かると思います。引けば,それだけ進出してくるだけです。*3

結局,どう管理するのか=どう捕殺するのかという話しを避けることは出来ないと思っています。
自然が豊かだという事が,人間にとって無条件で喜ばしいことではないということ,我々はとどのつまり利己的なんだという事は,意識しておくべきだと思います。

ちなみに,クマ関係では宮崎学氏のgakuの今日のヒトコマツキノワグマ事件簿は,いささか外連味のある書きぶりですが,必読です*4

*1:つか,よく見ると地域ごとにバラツキがありますね。これはどういうことでしょうか?

*2:クマの大量出没が起きたのはなぜ?の項

*3:つか,7年前は優雅なもんだったんだ・・・。

*4:氏の主張は的を得ていると思います